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ときめきを探そう、感動はSHIKIとの出会いからはじまる。

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珠玉語り 優の感話

 

 

 

コラム

 

 


「老婆によりそう柴犬、ふたりのきずな」 

それは、私が大都会東京のある街に引っ越して来てからの出来事でした。
通勤で通う近道を探しながら歩く、その日はとても、すがすがしい日和でした。
何もかもが初めての環境になじめず無意識に歩いていると、目の前に『おとぎ話し』のような 光景が飛び込んできたのです。
それは老婆と柴犬が休息している微笑ましい姿でした。
柴犬が老婆に寄り添い、老婆は歩き疲れたのか、まったく歩きだす気配はありません。
老婆をじっと見つめて、辛抱強く、待っているようなそぶりに、私は人間よりも深みのある思いやりと温かさを感じられずにはいられませんでした。


それだけでしたらこの話は老婆と柴犬の温かみのある話で終わるのですが、私は、後日の再会で、老婆と柴犬の生きていかなくてはならない、深く、厳しい、さけては通れない戦いがあったという事を思い知らされるのです。


再び老婆と柴犬を見かけたのは、台風が近づいている朝でした。

私はいつもより早めに家を出ました。風は強く容赦なく、横殴りの雨がかかります。若輩の私さえ、濡れないよう傘で防御することで精一杯でした。
まさかこんな天候には会わないだろうと思いながら、歩く途中、雨で見にくいビニール傘を一瞬払いのけ、見てビックリ、老婆と柴犬が向こうから歩いてくるではありませんか。

老婆は自分の体よりも体裁が悪い、小さく形だけのよれよれなビニールカッパを着ていました。強風を伴う横殴りの雨は、なかなか手ごわい台風、容赦なく降りかかり首筋から服まで濡れていました。隣の柴犬はもちろん無防備でずぶ濡れです。それでも黙々と歩く老婆と柴犬。

・・・・今日は大荒れの天候なのに休めなかったのだろうか。

最初の出会いの、『おとぎ話し』のような光景から、一転して悲しくなりました。
老婆と柴犬にそこまで‥させるものは何なのだろうと思いながら、近くを通り過ぎるのには 重たいぐらいの足、胸の痛みを感じながらすれ違いました。

季節は過ぎ、寒い冬のある日でした。
前日の雪が残る銀世界はとってもきれいな朝、雪が凍りつき、滑りやすく、危険な道筋。まさかこんな日はいないだろうと思いながら歩いていると、それがその日も出会ったのです。
でもどこかいつもと様子が違う老婆...何かあったみたいです。
よく見ると、凍りついた氷に滑り足を強打したみたいでした。柴犬に目をやると、柴犬も左足が腫れていて出血しているではありませんか。これはあくまでも私の憶測ですが、老婆が転んだときに 柴犬の足の上に乗ってしまったのでは....
それなのに柴犬は自分も痛いであろう足を引きずりながら、老婆のさすっている足の所を心配そうになめているではありませんか。


さらに月日は経ち、ふたつ目の、『おとぎ話し』のような光景です。
その日は暖かな、すがすがしい日でした。老婆と柴犬が道端で休息していました。通勤に少し時間の余裕があったので、思い切って老婆に話しかけてみました。いつも遠目で見ている感じは、無口なおばあさんかなという印象でしたが、それは、それは話好きなおばあさんでした。何かしらほっとしました。

私は老婆に聞いてみました。



「どうして毎日、雨の日、雪の日も、歩いているのですか?」

 

老婆が語るには、家には寝たきりのおじいさんがいるとの事、介護は5で重病。ふたりきりの生活をしている。身寄りはいないそうだ。

たよりになる老婆自身も、最近はめっきり体が衰えてきたとの事、自分が動けなくなったら家庭は崩壊してしまう。

 

 

大変な危機感をもっているから毎日、介護の手のかからない時間をつかい歩く事、少しでも体力をつける事を心がけているらしい。

そんな毎日の過酷な日々の努力があって、命をつないでいることに、とても衝撃をうけ、あらためて柴犬の存在の大きさに思い知らされる私でした。

そうだ肝心な、柴犬の名前を聞こう。

 

「おばあさん、この柴犬の名前はなんて言うのですか。」 

「裕次郎と言う名前だよ」

エェー、これは覚えやすい石原裕次郎の裕次郎と覚えとけばいいんだ。

 

それからは会う度に「裕次郎」と声を掛けるようになりました。

 

月日も過ぎ、私も仕事の関係で通勤の道が、まったく逆の方向になり益々、会う機会もなくなりました。 

あるとき、風の便りで、この街におばあさんと仲良く散歩していた忠義ものの犬がいるという噂を聞きました。

でも最近はその犬だけが、道の所々の場所に座ってはうずくまり声をかけても無意識に寂しそうにじっとしている話を聞き、それは絶対に老婆と柴犬の裕次郎だ‥と思い、居ても立つてもいられなくなり、そのあたりを探してみましたが見当たりませんでした。


それから時間がある度に、あの頃に出会った道を歩くのですが、会えていません。

 


きっといつの日か、三つ目の『おとぎ話し』のような、老婆と柴犬が休息している微笑ましい光景に出会えるように‥‥今日も歩いています。

 

 

 

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